アルコール依存症の父親を持つ息子の綴り

アルコール依存症の父の日常と家族の苦悩を記録として残します。父が亡くなるまでの全記録と、その後の思いを綴っています。

今でも忘れられない光景

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アルコール依存症

久しぶりに父親の夢をみました。

 

私が帰宅すると台所の片隅にろうそくがありました。火はつけられユラユラと揺れています。ろうそくの長さから推測すれば、たった今、火がつけたれたかのよう。 

 

家の中を見渡すとどことなく違和感を感じます。ついさっきまで誰かがそこにいたような雰囲気です。しかし、そこには誰もいません。

 

そして僕は自分の部屋に向かいます。ドアを開けます。布団が敷かれているその部分をみると、なんだかこんもりしています。そして布団が上下に息をしているのです。

 

ぱっと布団をめくってみると、そこには、まるく横たわった父親がいました。私は慌てて布団をかぶせ、そのまま逃げ去るように部屋を出ました。

 

かぶせた布団からはみ出た父親の足はとても痩せていた。あぁ、ろくに食べていないんだなと思いました。あいかわらず飲んでばかりいるのだなと思いました。

 

私は隣の親戚の家に用事があったので、そこに向かいました。最初に顔を出してくれたのは親戚のおばさん。そして、私に話しかけてくれたのは知らない女の子。小学一年生くらいでしょうか。

 

「お母さんとね、みんなとね、お酒を飲まないようにって話しかけてるんだけどね。言うこと聞かないの。みんな涙を流しながら話しているんだけどね、ひとりだけぽかんとしたままでいるの」

 

女の子はそう言いました。

 

ここで夢は終わりです。

 

私が最初に父のアルコール依存症に悩まされたのはもう15年以上も前のことなんですね。父が亡くなってから9年が経とうとしています。

 

一時期は自分の気持ちの中では父親はいい思い出になっていたのですが、いまだにこんな夢をみる自分もいます。いい思い出にしようとしても、そうはならないようです。

 

現実にまあるく横たわった父の姿というのは何度も見ていて、その姿は今でも脳裏に焼き付いています。

 


この記事にもあるように台所の炊事場のマットの上で横たわっていることがありました。今回、夢でみた父の姿はこれにそっくりでした。この光景は今でも忘れられない。まるで虫ケラのようだと思いました。 

 

何年経っても、いろんなことが昨日のことのように思い出される。それくらいにアルコール依存症の家族は大変な目に合わされます。

 

最近では勝谷誠彦さんが亡くなられましたね。アルコール依存症だったようです。そう思うと、自分の父親と印象が重なります。

 

父親は元気だったころには髪を短くしていました。異常なまでに酒を飲むようになってからは髪を切るのも面倒になったのか切らずにのばしていました。亡くなる直前の勝谷さんも同じような感じでしたね。

 

アルコール依存症のおそろしさは、それを経験したことがない人からすると、想像もできないのだと思います。麻薬のおそろしさは想像できても飲酒によるおそろしさは想像できない。

 

身近にあるものが、その人のすべてを奪ってしまうくらいのおそろしいものだとは想像できないのでしょう。

 

アルコール依存症になってしまうと「ほどほどに飲む」ということができません。酒を断つしかない。なにかを禁止されて生きるというのは非常につらいですね。その禁止されたものが大好きなものだとしたら、なおさらつらい。

 

でも、家族はもっとつらいのです。わたしは未だにこんな夢をみる。そして当時のことを否が応でも思い出させる。どうかわかってください。